はじめに
先日、15年以上ぶりに『ロックマンゼロ4』をプレイしました。
ロックマンゼロ&ゼクス ダブルヒーローコレクションってソフトがありまして、そこにゼロシリーズが全部入ってるんですね。僕は4だけ未プレイだったのです。
当時は夢中になって遊んでいた作品ですが、ここ数年はブラッドボーンやSEKIRO、エルデンリングといった“ソウルライク”な高難易度3Dアクションをやり込んでいたので、「大抵のゲームはクリアできる」と自信をもってましたが、久々のゼロを触ってつぶやいた言葉は――
「これ、フロムゲーより難しくね?」

難しさの質の違い
おそらくその理由の1つが、3Dアクションと2Dアクションにおける「難しさの質」の違い
ソウルライクの代表格であるフロムゲーは、回避に「無敵時間」が設定されており、タイミングさえ合えば強力な攻撃もかわせます。いわゆるフレーム回避ってやつ

フレーム回避は攻撃の範囲が広くても、回避のタイミングさえ合わせれば避けれます。
一方、ロックマンゼロには無敵時間がありません。なので敵の攻撃範囲を移動によってかわすしかありません。いわゆる位置避けってやつですね。
その代わり、回避や攻撃後の硬直、いわゆる「後隙」がほとんどなく、素早く次の行動に移れる。つまり、「無敵に頼らず、精密な操作で突破する」設計な感じがします。
今の僕はゲームを舐めてる?
15年以上前、初めてゼロを遊んだときはアステファルコンにボコボコにされ、絶望感しかありませんでした。でも、死にながら学んでいくうちにゲーム性を理解し、強敵に挑む前はじっくりとサブタンク満たしてから攻略してましたね。
一方で今は、数々のゲームをクリアしてきた自信は慢心へと変わり、サブタンクをあまり使わずシビアに挑んでいる自分がいました。
さらに、他にも遊びたいゲームがたくさんあるので「サクッと終わらせたい」という気持ちがあり、それが逆に集中を欠いて難しさを増しているのかもしれません。
改めて感じたゼロの魅力
フロムソフトウェアが続々と素晴らしいゲームを生み出しているため、いつの間にか高難易度ゲームはといえばソウルライク!って思いこんでましたが、ロックマンゼロのような2Dアクションもやっぱり面白いですね。
ゼロのスピード感あふれる動きに加え、死に至る際のスピード感(気づいたらティウンティウンしてる)ディレイによる難易度とは違い、張り巡らされる弾幕による絶望。
ソウルライクのゲームは敵が攻撃を始めてから、こちらが回避ボタンを押すまで短い間ながらジリジリ感がありますが、ゼロの場合は敵の攻撃が発生した瞬間、立ち位置によってはダメージが確定。そうでなくても被弾しない場所へすぐ移動する必要があります。
「はぁ?強すぎる!こんなボスどうやって倒すんだ、、、?」
からのワクワク感を久々に感じられました。

もしかすると、ソウルライクにハマって何作もやるうちにゲーム性になれていたのかもしれません。ロクゼロという違う刺激をいれたことで脳が活性化したのか
なんだか筋トレに通ずるものがある、、、人の体とはそういうものなのかも
まとめ
久々に触れたロックマンゼロは、当時以上に「シビアなゲームデザインの面白さ」を再発見させてくれたロックマンゼロ4。
フロムゲーとの違いを体感できたのも興味深く、そして何より、自分自身のゲームとの向き合い方が昔と変わっていることに気づけたのも大きな収穫でした。
ひさびさにシエルとゼロの二人を見れたのも嬉しかったな
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